2020年11月16日、宇宙飛行士の野口聡一さんが3度目となる国際宇宙ステーション(ISS)での長期滞在を開始し、話題になりました。野口さんが搭乗した宇宙船「クルードラゴン」の開発元「スペースX」など、民間の宇宙関連事業者は増えてきています。その1つが日本で人工衛星の開発・データソリューションを提供する株式会社Synspective。先日、2020年12月15日に人工衛星「StriX(ストリクス)ーα」の打ち上げに成功。人工衛星による事業とはどんなものなのか。どんなエンジニアが関わっているのか。以前E3のmeetup(2019年9月27日)にも登壇された、Synspective人事・芝さんにお話を伺いました。
ライター:平田提
SynspectiveはSAR衛星の開発・データ分析両方を行う稀有な企業
――本日はよろしくお願いいたします。まずは改めてSynspectiveさんの事業内容について教えてください。
芝さん:Synspectiveは「SAR衛星」を使ったデータソリューションを提供しています。「SAR」とは「合成開口レーダー」のことで、SAR衛星は電波の反射を利用して雲に覆われていても地表面のデータを取得することができます。
事業領域は大きく分けて2つあります。
1つ目は人工衛星をつくり、データを取得すること。2つ目は人工衛星が取得したデータの解析です。前者もしくは後者、どちらかだけの企業が多いのですが、両方行えるのがSynspectiveの強みです。
さらに衛星を自社で多数機開発することでデータ取得の頻度が上がり、データ活用のバリエーションを広げることができます。
――SAR衛星は、地球の外を回りながら決めたポイントを狙って都度撮影していくのでしょうか?
芝さん:衛星は約1時間半で地球を一周する周期でぐるぐる回ります。弊社の衛星「StriX α」は衛星と太陽の位置関係が常に同じになる「太陽同期軌道」を飛行しています。地球も自転しているので同じ場所をぐるぐる回るのではなく、週ごとに少しずつずれていくことで地球全体を観測します。一方で、同じ地点を何度も撮像するためにはちょうど良い軌道になるまで待つ必要があります。どのぐらいの広さを撮るかによっても変わってきますが、SAR衛星を多数機つくり自社で保有することで、この頻度を上げていくことができるのです。
商用のSAR衛星をつくり運用、データ提供までしているのは世界でも10社満たないぐらいで、データの提供頻度も1週間に1回程度です。ピンポイントで「ここを撮って欲しい」というのもやりにくい。Synspectiveがこの頻度を1日に1回以上などアップできれば、災害対応など社会情報インフラになっていけると考えています。
――なるほど、よく分かりました。SAR衛星で取得したデータはどんな企業や団体が活用されているんでしょうか?
芝さん:衛星で取得したデータは、政府や専門のベンダーなどの解析ができるプレイヤーにはそのまま販売します。それ以外の金融・保険・インフラ系のベンダー向けには、機械学習やエンジニアによる解析を加え、ダッシュボードでそのデータを閲覧できるソリューションを提供しています。
多くの企業や団体、自治体がそれぞれ独自に取得しているデータを活用していますが、自分たちの活動領域外のデータはなかなか取りにくい。現代は「VUCA(※)」の時代と呼ばれますが、この外部環境のファクトとして衛星データが使えるんじゃないかとSynspectiveでは考えています。
――具体的には、SAR衛星のデータでどんなことが分かるんでしょうか?
芝さん:例えば時系列解析で地盤変動や地盤沈下の様子を知り、インフラのメンテナンス 頻度に役立てることができます。また建築物が建っていく変化や、特定の店舗の駐車台数などから経済活動・業績予測もできます。
――すごいですね! 宇宙から眺めるとそんなことまで分かるとは……。
※VUCA(ヴーカ)……Volatility(変動性・不安定さ)、Uncertainty(不確実性・不確定さ)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性・不明確さ)
内閣府「ImPACT」がSynspectiveのスタート。人工衛星のデータでファクトを揃える
――なぜSynspectiveさんでは衛星事業をしようと思ったのでしょうか?
芝さん:もともとは「ImPACT(インパクト、革新的研究開発推進プログラム)」という内閣府のプロジェクトが発端です。「ImPACT」では多くの技術分野で研究が進められましたが、その1つがSAR衛星で、そのプログラムマネージャーがSynspectiveの取締役・共同創業者の白坂成功でした。「ImPACT」のゴールは社会実装だったので、SAR衛星の技術の実効性が見えてきたところで、白坂は一緒にビジネスを進めるパートナーを探していました。その中で出会ったのが、現在SynspectiveCEOを務める新井元行です。
新井自身は宇宙産業に関わるのは初めてでしたが、衛星データを活用するプロジェクトを過去に経験していました。
(左:株式会社Synspective CEO新井元行氏/右:取締役・共同創業者)
新井はコンサルティング会社や東京大学の研究員としていろんな国に行き、コンサルとして独立してからも途上国に行ってデータを元にした意思決定のサポートをしていました。サウジアラビアでエネルギー計画に新井が関わった際、砂漠のどこにどれだけ太陽光プラントを設置するべきか有効な根拠となるデータがありませんでした。そこで衛星画像を使っていくことで、計画の精度を上げることに新井は挑戦していました。Synspectiveが実現していこうとするヴィジョンは新井の課題認識にも一致したんです。
――そうだったんですね。芝さんご自身はどんな経緯でSynspectiveにジョインされたのでしょうか?
芝さん:新井とは以前勤めていた企業で上司・部下の関係でした。その後はスタートアップでタンザニアの農村を中心に、電気を使ってもらう事業に携わりました。その際に正確な地図がないことでだいぶ苦労しましたし、途上国の発展にも関わる問題だと感じていました。その後、日本に帰ってきたとき新井に声をかけられ、創業期からSynspectiveに入りました。地理空間情報を扱うビッグデータ解析と、衛星データを活用していかにビジネスをつくっていくかに興味があったんです。
創業当時は私も衛星画像の解析をしていましたが、いまは組織人事の採用マネージャーをしています。
人工衛星の開発費のターゲットは約5億円
――そもそもの質問で恐縮ですが……人工衛星ってどうやってつくるのでしょうか?
芝さん:人工衛星は多くの素材からつくられていますが、特に気にしないといけないのは宇宙空間、真空の環境に耐えられるということ。電子部品は太陽光やその他の放射線の影響や、熱の制御も考慮しなければなりません。太陽光が直接当たっているときは温度が上がり、逆に当たっていないときは急激に温度が下がります。たくさんの試験で部品のチェックをしますが、実際に宇宙に打ち上げ、実績ベースで改善していくことも多いです。
――漫画『宇宙兄弟』や宇宙に関する映画を観ていると、ロケットの打ち上げ時に重さが大きなポイントになってくるんですよね。
芝さん:そうですね。ロケット打ち上げにかかる価格には打ち上げるものの重さや大きさが影響します。ですから人工衛星はなるべくコンパクトに、折りたたみできる構造にしたり、軽い材料を選んだりとコストを下げる必要があります。
――人工衛星1つの開発にはいくらぐらいの費用がかかるんですか?
芝さん:打上げ、開発のそれぞれ5億円程度を目標としています。どんどん宇宙事業に参入する民間企業が増えイノベーションが起こっているので、今まで国のプロジェクトで開発してきた衛星などでは何百億と費用がかかってきたものがだいぶ安くなってはきています。
――確かに予想していたよりも費用がかからないんだなと思いました。人工衛星はどのぐらいの数がいま宇宙空間にあるんでしょうか?
芝さん:いま軌道上にあるものでも数千あるといわれています。使用済み衛星、宇宙ゴミの処理は社会課題になっていて、その問題に取り組む日本のベンチャーもいます。
――なるほど。スペースXなど世界全体で見た民間の宇宙事業のトレンドを教えて下さい。
芝さん:様々な分野があり、Synspectiveの衛星は地球観測衛星といわれるカテゴリに含まれます。その地球観測衛星の中にレーダータイプの衛星があり、その多くは防衛分野のニーズで、他には金融や資源開発や農業関連分野の利用もあります。世界的に見るとレーダー衛星をつくっているスタートアップは10社から20社程度。日本国内の人工衛星開発を行う事業会社はまだ少なく、大きめの会社が数社とベンチャーが10社程度でしょうか。
――衛星の制御はどんな技術で行われているのでしょうか?
芝さん:Xバンドという周波数帯の電波による観測を行っています。通信にはSバンド帯電波を利用しています。通信規格はCCSDSと呼ばれる規格が一般的です。
――地上からの制御でタイムラグはないんでしょうか?
芝さん:電波は電磁波の一種で光の速度であるため、距離によるタイムラグは多くない一方で、通信するためには地上のアンテナのちょうど上空を衛星が通過するタイミングを狙う必要があり、それがタイムラグとなります。そういった地上のアンテナでデータを受信するのですが、これにはKSATというノルウェーの会社や日本のベンチャーなど専門の事業者が存在し、彼らのサービスを利用することで通信をすることができます。
Go言語が得意/領域を勧んで広げたいこだわり型のエンジニアを募集
――Synspectiveさんの事業に関わるエンジニアのお仕事はどんなものがあるんでしょうか。
芝さん:1つはSAR衛星をつくる仕事です。ハードウェアに関わるエンジニアですね。部品やコンポーネントの開発からテスト、プロジェクトマネジメント、電気系、機械系、組み込みソフト、熱、生産技術のエンジニアが必要です。
もう1つはSAR衛星が取得したデータをクラウド上で解析し、顧客へ情報を提供する仕事です。データハンドリング、データサイエンス、信号処理に強いエンジニアがSynspectiveには多くいます。また実際に顧客が触れるUI・UX、バックエンド・フロントエンジニアも重要です。
――お話を伺うとあらゆる種類のエンジニアが関わっていそうです。
芝さん:そうですね。SAR衛星をつくるエンジニアの半数は宇宙関連事業の経験がありますが、その他は家電・車・航空機など出身さまざまです。海外のメンバーも多く、宇宙が好きで3Dプリンタでロケットのモデルを作ったり、大抵の電子機器は自分でつくってしまうエンジニアもいます。
ソフト側のエンジニアは宇宙について必ずしも勉強しないといけないわけではありませんが、もちろんSAR衛星の機能やデータの処理など業務に必要なことは覚えてもらっています。開発クラウドはGCPがメインで、バックエンドはGo言語を中心に、Pythonも使っています。ReactやTypescript、Rustなども使われます。
――社員のうちエンジニアはどのぐらいいらっしゃるんですか?
芝さん:正社員は95名です。約7割がエンジニアで、クラウドを活用したバックエンド・フロントエンジニアなどのエンジニアは正社員だと10~20名ぐらいです。
――エンジニアはSynspectiveの事業のうち、どんな領域に関わりますか?
芝さん:いろんな職種を募集(
https://careers.synspective.com/
)しているのですが、特にGo言語のエンジニアはまだまだ日本は多くない印象で、Goが得意な方にはぜひお会いしたいと思っています。Goに限らず新しい言語や分野に挑戦している方は弊社の仕事はやりがいが感じられると思います。マインド的には自分の仕事だけをすればいいという方よりも、自分で課題を見つけ、システム全体を考え、自分の領域以外の技術を広げたり、間を埋めていけたりする方が望ましいです。
――なるほど。採用時に重視している要素は何ですか?
芝さん:一緒に働いていく上で刺激がありそうな方が良いですね。何かしらの「変態」というと語弊があるかもしれませんが(笑)、何かしらの面白いこだわり、強い関心、得意分野がある方ですね。
エンジニアに限らずですが、Synspectiveには自立的に動けるプロフェショナルが集っていますし、トップダウンというよりアメーバみたいな組織で、現場レベルでの判断が必要な場面が多くあります。その上で他のチームとのすり合わせをして動ける方には最適な環境だと思います。
――なるほど、本日はありがとうございました。最後に一言よろしくお願いいたします!
芝さん:Synspectiveには海外のメンバーが3割ぐらいいて、どのチームも英語主体で動いています。グローバルな環境が好きな方にはおすすめです。また扱うデータ量が大きいのも魅力だと思います。人工衛星のハードをつくりつつ、解析プラットフォームも同時並行でつくっていますので、幅広い分野の技術を取り扱っているのも特徴です。ご自身のキャリアを広げていきたい方、ミッション・ビジョンに共感していただける方にぜひお会いしたいです。
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